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東京地方裁判所 平成11年(ワ)26119号 判決 2000年5月24日

原告

宮原孝

被告

庄司広人

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金二九五一万六七六九円及び二九三九万六一二九円に対する平成八年一二月五日から、一二万〇六四〇円に対する平成九年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金五二八四万八七三九円及び五二七二万八〇九九円に対する平成八年一二月五日から、一二万〇六四〇円に対する平成九年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点を青信号に従って右折したゴミ収集車が、青信号に従って横断していた歩行者を轢過した交通事故について、歩行者の相続人が、ゴミ収集車の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、その使用者に対しては、自賠法三条、民法七一五条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は争いがない。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成八年一二月五日午前六時三〇分ころ

(二) 事故現場 東京都千代田区三崎町三丁目一番地先であり、後楽園方面(北方向)と靖国通り方面(南方向)を結ぶ片側二車線の道路(以下「本件道路」という。)、白山通り方面(東方向)と三崎町五丁目方面(西方向)を結ぶ道路、水道橋方面(北東方向)から飯田橋二丁目方面(南西方向)を結ぶ道路が互いに交わる交差点(以下「本件交差点」という。)の、南出入口に存在する横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上(甲二、乙一)。

(三) 加害車両 被告庄司広人(以下「被告庄司」という。)が運転していた事業用貨物自動車(品川八八あ五一七四。登録番号は甲二)

(四) 被害者 宮原ヨシ(大正七年七月二四日生。生年月日は甲二。以下「亡ヨシ」という。)

(五) 事故態様 被告庄司は、加害車両(ゴミ収集車)を運転し、飯田橋二丁目方面(南西方向)の本件交差点の手前でゴミを収集し、靖国通り方面(南方向)に右折をするため、対面信号の赤色表示に従って停止線の手前で一時停止した。その際、本件道路の後楽園方面(北方向)に向かう中央寄りの車線において、大型四トン車が、その前部を本件横断歩道に接するように停止していた。被告庄司は、この大型四トン車に気を取られ本件横断歩道の横断者はないものと軽信し、対面信号の表示が変わるのを待っていた。そして、それが青色に変わったので、被告庄司は、本件横断歩道上を注視することなく、時速約二〇キロメートルでやや大回りに右折を開始した。その際、本件横断歩道の歩行者信号の表示も青色であった。その後、被告庄司は、もっぱら、加害車両の右サイドミラーが、停止していた大型四トン車の右サイドミラーに接触しないようにすることに気をとられ、本件横断歩道上の通行状況を注視することなくそのまま進行した結果、本件横断歩道上を東方向から西方向へ歩行して横断していた亡ヨシに加害車両を衝突させ、転倒した亡ヨシをさらに轢過した。被告庄司は、鈍い音がするとともに何かに乗り上げた感じを受けた上、停止していた大型四トン車の運転手から断続的にクラクションを鳴らされたため、人身事故を起こしたことに気付いた。そして、いったんは逃亡しようとの気持ちがよぎり加速進行したが、依然としてクラクションを鳴らされ続けたため、結局逃亡することを思いとどまり、数十メートル走行して停止した。(以上、甲四、九、乙一ないし四)

(六) 結果 亡ヨシは、本件事故により、肋骨、脊椎骨骨折を伴う胸腹腔内臓器損傷の傷害を負い、平成八年一二月五日午前六時三〇分ころ死亡した(甲三、八)。

2  責任原因

(一) 被告庄司は、横断歩道上の通行者の有無を十分確認することなく加害車両を進行させた過失により、本件事故を発生させたから、民法七〇九条に基づき、亡ヨシに生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告第三東海株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告庄司を雇用して加害車両を運転させ、これを自己のために運行の用に供していたもので、本件事故は被告会社の業務中に発生したから、被告会社は、自賠法三条、民法七一五条に基づき、被告庄司と連帯(不真正連帯)して亡ヨシに生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  相続

原告は、亡ヨシの子であり、他に相続人はいないから(甲七)、亡ヨシが被告らに対して取得した損害賠償請求権をすべて相続した。

二  争点

争点は、逸失利益及び慰謝料を中心とした亡ヨシの損害額であり、原告の主張は次のとおりである。そして、これに対する被告の答弁はすべて争うというものである。

1  病院関係費 一二万〇六四〇円

2  逸失利益 二二三三万四三九四円

亡ヨシは、本件事故当時、<1>三恵ビル株式会社からの土地の賃料収入、<2>三恵ビル株式会社の監査役としての報酬、<3>老齢厚生年金の収入を得ていた。そして、原告と同居して一切の家事を行っていたから、この事実と<2>の事実を総合すれば、平成八年賃金センサス企業規模計・学歴計の女性労働者の全年齢平均の収入である年間三三五万一五〇〇円を下らない収入を得ることができた。また、亡ヨシは、本件事故に遭わなければ、少なくとも、一二年間は生活をし、六年間は家事労働等に従事することは可能であった。そして、<1>の収入がすべて生活費として費消されるから、生活費控除をすることなく、ライプニッツ方式により中間利息を控除し、亡ヨシの逸失利益を算定すると、次の(一)及び(二)の合計額である二二三三万四三九四円となる。

(一) 労働の対価の逸失利益

(計算式)

3,351,500×(1-0)×5.0756=17,010,873

(二) 年金の逸失利益

(計算式)

600,632×(1-0)×8.8632=5,323,521

3  慰謝料 三〇三九万三七〇五円

第三争点に対する判断

一  亡ヨシの損害額

1  病院関係費 一二万〇六四〇円

亡ヨシは、本件事故後、駿河台日本大学病院へ搬送され、診察料、処置料等の病院関係費として一二万〇六四〇円を負担した(甲一)。

2  逸失利益 八三九万六一二九円

(一) 認定事実

証拠(甲五ないし七、一〇)及び弁論の全趣旨によれば、亡ヨシは原告の母であり、本件事故当時、原告(昭和一八年一二月一一日生)と二人暮らしで家事の一切を行っていたこと、原告は、平成四年に脳内出血で入院治療を受けたことがあること、亡ヨシは、原告が代表取締役である三恵ビル株式会社の監査役であり、同社に対して東京都千代田区三崎町三丁目一番九号所在の土地を賃貸し、平成七年には監査役の報酬として年間三七五万円、右土地の賃貸収入として年間三八一万円を得ていたこと、老齢厚生年金として年間六〇万〇六三二円を受領していたことが認められる。

(二) 労働可能期間の逸失利益について

この認定事実によれば、亡ヨシは、本件事故当時七八歳であり、平成八年簡易生命表によると、その平均余命は一一・二六年(当裁判所に顕著な事実)であったから、本件事故に遭わなければ、少なくとも、八九歳まで一一年は生活することができ、その約二分の一である五年間にわたり、家事労働を行うことができたというべきである。他方、監査役の報酬については、息子である原告が経営する会社の監査役である上、亡ヨシの年齢をも併せて考えると、名目監査役である疑いを否定できず、その他、現実に労働していたことを窺わせる証拠はないから、監査役の報酬を労務の対価と認めるには足りないというべきである。また、賃料債権は原告が相続するから、亡ヨシの死亡によっても失われない。したがって、亡ヨシの労働の対価に関する逸失利益は、家事労働に限定して判断すべきところ、右に認定した亡ヨシの年齢、家族構成、原告の年齢及び健康状態、それらから推認される家事労働の実態を総合すれば、亡ヨシの家事労働は、平成八年賃金センサス企業規模計・学歴計の女性労働者の六五歳以上の平均賃金である二九七万一二〇〇円(当裁判所に顕著な事実)の七〇パーセントである年間二〇七万九八四〇円の賃金に相当すると判断することができる。そして、老齢厚生年金を加えると、労働可能期間における亡ヨシの収入は年間二六八万〇四七二円となる。また、亡ヨシは、同居している家族が原告一名であるから、これを考慮すると生活費控除としては四〇パーセントとするのが相当である。

したがって、これらを前提にライプニッツ方式(係数四・三二九四)により中間利息を控除し、亡ヨシの労働可能期間(五年間)の逸失利益を算定すると、六九六万二九〇一円(一円未満切り捨て)となる。

(計算式)

2,680,472×(1-0.4)×4.3294=6,962,901

なお、亡ヨシの生活費は、収入全体から得ていたというべきであるから、死亡により得られなくなった収入に対する費消しなくなった生活費の割合は、不動産収入があったとしても変わるものではない。

(三) (二)の後の逸失利益について

亡ヨシは、本件事故に遭わなければ、その平均余命のうち、右(二)の後の六年間は老齢厚生年金として年間六〇万〇六三二円の収入を得ることができた。この収入の額のみに着目すれば、すべて生活費として費消されると考えられるが、他方、亡ヨシは不動産収入もあり、本件事故に遭わなければ、生活費はこの不動産収入を合わせた全体の収入から得るものと推認できるから、生活費控除はやはり四〇パーセントの限度にとどめるのが相当である。

したがって、これを前提にライプニッツ方式(係数八・三〇六四-四・三二九四=三・九七七)により中間利息を控除し、(二)の後の逸失利益を算定すると、一四三万三二二八円(一円未満切り捨て)となる。

(計算式)

600,632×(1-0.4)×3.977=1,433,228

(四) まとめ

(二)及び(三)によれば、亡ヨシの逸失利益は、八三九万六一二九円となる。

3  慰謝料 二一〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、事後直後の被告庄司の対応(いったん逃亡しようとしたこと)、亡ヨシの受傷内容、死亡に至る経過(即死であったこと)及び年齢、家族関係等の本件に現われた一切の事情を総合すると、慰謝料としては、二一〇〇万円を相当と認める。

二  相続

原告は、右の1ないし3の損害合計額二九五一万六七六九円の損害賠償請求権を相続して取得した。

三  結論

以上によれば、原告の請求は、不法行為に基づく損害金として、二九五一万六七六九円と、うち二九三九万六一二九円に対しては平成八年一二月五日(不法行為の日)から支払済みまで、うち一二万〇六四〇円に対しては平成九年二月二五日(不法行為の日以降の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(原告は、病院関係費について、平成九年二月二五日から支払済みまでの遅延損害金を請求する趣旨であると理解することができる。)。

(裁判官 山崎秀尚)

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